20代の頃、私はかなり本を読みました。
教育書、ビジネス書、自己啓発書、仕事術の本。
書店へ行って気になる本を見つければ買い、誰かがおすすめしている本があれば、また買う。
もちろん、買った本をすべて読んだわけではありません。
途中で読むのをやめた本もありますし、買ったままほとんど開かなかった本もあります。
今振り返れば、「これは別に読まなくてもよかったかな。」と思う本もあります。
それでも私は、若い頃に、たくさん本を読んでおいてよかったと思っています。
なぜなら、ある程度の量を読んだからこそ見えてきたものがあるからです。
私はそれを、「学びの飽和点」と考えています。
たくさん読むと、「また、この話か」と思い始める
一つの分野の本を読み始めた頃は、何を読んでも新鮮です。
「こんな考え方があるのか。」
「これは知らなかった。」
「明日からやってみよう。」
一冊読むたびに、新しい世界が広がっていきます。
ところが、10冊、20冊、50冊と読んでいくと、少しずつ感覚が変わってきます。
「この話、前にも読んだな。」
「表現は違うけれど、言っていることは同じだな。」
そんなことが増えてきます。
例えば仕事術なら、
- 優先順位を決める。
- やらないことを決める。
- 仕組み化する。
- 習慣にする。
- 集中できる環境をつくる。
著者によって言葉や切り口は違います。
でも、たくさん読んでいると、その奥にある共通する考え方が少しずつ見えるようになります。
そして、
「結局、この分野で大切なのは、このあたりなのだな。」
と分かってくる。
これが、私の考える学びの飽和点です。
ワインにも「飽和点」がある
私は、この感覚はワインにも少し似ていると思っています。
例えば、500円のワインと3,000円のワイン。
違いを感じる人は多いでしょう。
ところが、価格が上がっていくほど、その違いは少しずつ「微差」になっていきます。
もちろん、その微差が分かる人もいます。
そして、その微差に価値を感じてお金を払う人もいます。
それは一つの楽しみ方です。
学びも似ています。
その分野について何も知らない人が最初の10冊から得られるものは、とても大きい。
でも、100冊読んだ人が101冊目から得られるものは、最初の一冊ほど大きくありません。
新しいことがなくなるわけではありません。
ただ、
学べば学ぶほど、新しく得られるものは「大きな違い」から「微差」へ変わっていく。
私は、そこに一つの飽和点があると思っています。
「また同じ話だ」と感じるのは、悪いことではない
そして、この感覚は読書だけではありません。
私はこれまで、本だけでなく、動画教材やオンライン講座などでも、さまざまなことを学んできました。
これも同じです。
ある分野を学び始めた頃は、どの講義を聞いても新しい発見があります。
ところが、何本も動画を見たり、違う講師から学んだりしていると、
「この話も前に聞いたな。」
「講師は違うけれど、結局同じことを言っているな。」
「この分野については、だいたい同じところに行き着くな。」
と感じることがあります。
以前なら、
「この教材からは、あまり新しいことを学べなかった。」
と考えていたかもしれません。
でも、今は少し違います。
もしかすると、
教材に学ぶことがないのではなく、自分の中にその分野の地図ができてきた
のかもしれません。
- 本を読む。
- 違う著者の考えに触れる。
- 動画を見る。
- 講座を受ける。
- さまざまな人から学ぶ。
その中で何度も同じ原則に出会うからこそ、
「これは、この分野では大切なことなのだ。」
と分かってきます。
「また同じ話だ」と感じることは、必ずしも悪いことではありません。
むしろ、
自分の学びが一つの段階まで来たサイン
なのかもしれません。
だから「良書を一冊だけ読めばいい」わけではない
ここで誤解してほしくないことがあります。
どの本にも同じようなことが書いてあるなら、
「結局、良い本を一冊だけ読めばいいのでは?」
と思うかもしれません。
私は、そうは思いません。
なぜなら、
たくさん読んだからこそ、「どの本にも同じことが書いてある」と分かるからです。
一冊しか読んでいなければ、その考えが著者独自のものなのか、その分野に共通する原則なのかも分かりません。
違う著者の本を読む。
似たような本も読む。
時には、「これは自分には合わなかった。」という本にも出会う。
そうした経験を重ねながら、自分の中にその分野の地図ができていきます。
だから私は、特に若い頃や、新しい分野を学び始めたときには、
ある程度、量を通ることが必要
だと思っています。
「無駄な本」を読む経験も必要だった
私は、本を買うこと自体にも意味があったと思っています。
買ったけれど読まなかった本。
途中でやめた本。
期待していたけれど、それほど響かなかった本。
たくさんあります。
効率だけを考えれば、無駄だったのかもしれません。
でも、その経験があったから、
「自分には、このタイプの本は合わない。」
「このテーマなら、この著者から学びたい。」
「今の自分には、この本は必要ない。」
という判断ができるようになりました。
最初から最短距離で「最高の一冊」にたどり着ければ効率的です。
でも、
無駄を経験せずに、何が自分に必要なのかを見抜けるようになるのは難しい。
読書にも、そういう時期があるのだと思います。
飽和点に達したら、「学ぶ」から「使う」へ
では、一つの分野で
「もう、だいたい同じことを言っているな。」
と感じるようになったら、どうすればいいのでしょうか。
さらに101冊目、102冊目、103冊目を探し続ける。
もちろん、それも一つの選択です。
でも私は、そこで少し学び方を変えてもいいと思っています。
新しい知識を探し続けるのではなく、
これまで学んだことを使ってみる。
- 授業で試す。
- 仕事のやり方を変える。
- 人に話す。
- 文章にする。
- 自分なりに組み合わせる。
そうすると、
「知っているつもりだったけれど、実際にはできていなかった。」
ということにも気づきます。
知識として理解することと、実際に使えることは別です。
だから、ある程度インプットしたら、
「もっと学ぶ」から「一度使ってみる」へ。
学びの比重を変える時期があってもいいと思います。
一つの分野が飽和したら、別の世界へ行ってみる
もう一つ、私自身に起きた変化があります。
それは、学ぶ分野そのものが変わってきたことです。
若い頃は、教育技術や仕事術の本をたくさん読みました。
それが教師として働く上での基盤になりました。
その後、自己啓発やビジネスについて学ぶ時期がありました。
そして今は、
古典。
歴史。
哲学。
マインドフルネス。
以前とは違う分野の本に興味が芽生えています。
すると面白いことがあります。
新しく学んでいることが、昔学んだ教育や仕事術とつながるのです。
一つの分野をさらに深く掘るだけではなく、
別の分野へ横に広がることで、以前の学びが違って見えてくる。
これも、長く読書を続ける面白さだと思っています。
AI時代でも、「量を通った経験」はなくならない
今は、分からないことがあればAIに聞けます。
「この分野の重要なポイントを5つ教えて。」
と聞けば、数秒できれいに整理してくれます。
とても便利ですし、私自身も使っています。
でも、
AIから最初に「重要な5つ」を教えてもらうことと、
何十冊も本を読み、さまざまな人の話を聞いた結果、
「結局、この5つが大切なのだな。」
と自分で気づくことは、少し違います。
その途中には、
迷う。
比較する。
疑う。
理解できない。
別の本を読む。
前に読んだ本の意味が後から分かる。
そんな時間があります。
効率はよくありません。
でも、その過程を通ることで身につくものもある。
だから私は、AI時代になっても、
特にまだ自分の軸ができていない分野では、
ある程度の量を読むことには意味がある
と思っています。
たくさん読んだから、少なく読めるようになる
今の私は、若い頃ほど、
「もっと読まなければ。」
とは思わなくなりました。
読書の価値を感じなくなったわけではありません。
むしろ逆です。
たくさん読んできたから、
何を読むのかを以前より選べるようになった。
どこを深く読むべきかも、少し分かるようになった。
そして、新しい知識を増やすことより、
すでに知っていることをどう使うかに意識が向くようになりました。
量を読んだからこそ、量を追わなくてよくなる。
学びの飽和点とは、
「もう学ばなくていい」という地点ではありません。
インプットを増やし続ける学びから、
実践する。
深める。
別の分野とつなげる。
そんな次の学び方へ移っていく、一つの節目なのだと思います。
そして次に考えたいのは、
読んだことを、どう実践につなげるのか。
ということです。
本をたくさん読んでも、知っているだけでは現実は変わりません。
読書を「知識」で終わらせず、
自分の仕事や生活の中で使えるものに変えていくことについて考えてみたいと思います。
教師の仕事を、もっとシンプルに。
毎日の仕事に追われ、
「もっと余裕を持って働きたい。」
そう感じたことはありませんか?
「教師の仕事術 5日間プログラム」では、
- 教育の生産性を高める4つの仕事領域
- 定時退勤を叶える3つのマインドセット
- 朝時間で事務処理を終わらせるルーティン
- 授業効率化と質を両立する3つの視点
- 校務分掌をスマートに進める仕組み化
を、5日間の音声と文章で無料でお届けしています。
仕事だけでなく、自分や家族との時間も大切にしたい先生へ。
▶ 教師の仕事術 5日間プログラムはこちら


